赤沢です!
今回は実はボーカルMIXでできないことについて解説していきます。
歌やMIXで活動されている方の中には『MIXは魔法』という言葉を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか?
確かにMIXは音程やリズムを好きに変えることができたり、メインボーカルからハモリを作成したりすることができるため『MIXは魔法』と言われる理由も分かります。
ただ僕が今回、この記事で伝えたいのは『MIXは魔法』=『MIXで何でもできる』という認識はとても危険だという事です。
MIXにも限度があるということを知っておかないと、依頼者とエンジニア間で思わぬトラブルが起こる可能性があります。
MIX依頼者側もエンジニア側もお互いにボーカルMIXでできないことを理解した上で依頼をすることが大事です。
それでは読み進めていきましょう!
MIXとは?
まず”MIX”というものについて解説していきます。
簡単に言うとボーカルMIXで使用されるMIXとはボーカル音源とカラオケ音源を混ぜることです。
そのためボーカルの補正(ピッチ・タイミング等)については厳密に言うとMIXではなく、ボーカルエディットに分類されます。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
D_MIX(@D_MIXing)です!今回は「歌ってみたのMIX(ミックス)」について、一般的なMIXの違いと併せて解説していきます。『MIXってどういうことをするの?』『MIXはそもそも必要なの?』『プロアーティストもみんなやってるの[…]
ただ歌ってみたの界隈の場合、ボーカルエディットを含めてMIXと呼ばれることが多いです。
そのため今回の記事ではボーカルエディットも含めたMIXについて解説していきます。
実はMIXでできないこと9選
それではMIXでできないこと9つのことを解説していきます。
①声質・歌い方(ニュアンス)を変える
まず分かりやすくするために声質=顔、歌い方=表情と仮定します。
顔は遺伝などによって産まれた瞬間から決定づけられる、人それぞれの個性のようなものです。
同じように声質とはクリアな歌声だったりハスキーな歌声のような歌唱者自身が持つ声の個性のことを指します。
この声質は歌唱者自身の天性の才能のようなもののため、基本的に声質を変えることはできません。
中には『ハスキーボイスにする方法』のような解説記事や動画がありますが、これはどれも喉を酷使して無理やりハスキーボイスにする方法のためおすすめしません。
MIXにおいても声質(顔)を変えることは不可能です。
それに対して表情は自分で変えることができます。
喜怒哀楽の感情を様々な表情で表すことで相手に伝えることができます。
同じように歌い方とは声の表情のようなものなので、がなり声やウィスパーボイスなど色んな表現をすることが可能です。
ただこの歌い方(表情)は歌唱者自身でしか変えることができないため、MIXで変えることはできません。
そのため録音をする際には「ここはこういう歌い方にしよう」というようにあらかじめ意識して録音することをおすすめします。
②声と同時に入ってしまったノイズ除去
ノイズにはホワイトノイズ、リップノイズ、ポップノイズ(吹かれ)など様々なノイズが存在します。
その中でもここでは特に声と同時に入りやすい3つのノイズについて解説します。
1.音割れ
音割れとは音を流した時に「ビリッ」となったり圧迫感がある状態のことを指します。
クリップやクリッピングとも呼ばれており、多くの方を悩ませる録音時に発生しやすいノイズです。
この音割れは基本的にMIXで修復することができません。
そのため録音時に音割れをしないように気を付ける必要があります。
音割れをしない方法についてはこちらの記事で詳しく解説しているので参考にしてみてください。
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2.部屋鳴り
部屋鳴りとは歌う際に発生する部屋の反響音のことです。
この部屋鳴りも音割れと同じく、録音時に発生しやすいノイズでありながら基本的にMIXで無くすことはできません。
部屋鳴りの対策方法についてはこちらの記事で詳しく解説しているので参考にしてみてください。
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3.補正音
補正音とはボーカルの補正をした際に起こる人工的に発生したノイズのことです。
アーティファクトとも呼ばれており、補正時のみならず他の処理をしたことによっても発生することがあります。
実際に聴いてみると分かりやすいと思うので、今回はDeco*27様の「ヴァンパイア」のサビを歌わせていただいたので参考に聴いてみましょう。
まず始めにこちらが補正前のボーカル音源になります。(キーは-2で歌っています)
この音源を補正音を発生しないように注意しながら補正を行った音源がこちらです。
このように大きな違和感もなく聴くことができると思います。
では実際に補正音がある音源とはどういうものなのでしょうか。
補正音を発生させるためにわざと大袈裟な補正を行ったものを聴いてみましょう。
お分かりいただけたでしょうか?
強めのピッチ補正の影響で「あたしヴァンパイ“ア”」、「いっぱいで吐き“たい”」などの部分に補正音が発生していますね。
また強めのタイミング補正で最後のロングトーンをわざと伸ばしたことによって、「絶対いける“よー”」の部分にも補正音が発生しています。
このような機械のような音を補正音(アーティファクト)と言います。
MIX依頼をする際にボーカルの補正だけはご自分で行っている方もいるかと思います。
補正作業に慣れている方であれば問題ありませんが、中には強めの補正をかけている影響で補正音が発生してしまっている方がいます。
この補正音も基本的にMIXで無くすことはできません。
ご自分で補正をされる場合は補正音が入らないように注意しながら補正を行ったり、補正音が入っていない補正前のボーカルデータも残しておいていつでも差し替えができるようにしておくことをおすすめします。
そのためMIX依頼を引き受けている方はこのようなノイズ修復に特化したプラグインを導入することをおすすめします。
ただこのごまかす作業は費やす時間が長く、完全に除去することはほぼ不可能なため、依頼者側はできるだけごまかす作業が無いようなボーカルデータを用意するようにしましょう。
③音質を良くする
MIX師さんの依頼ページに飛ぶと必ずと言っていいほど、
「音源は『16bit / 44.1khz 以上』で書き出してください」
と書かれているのではないでしょうか?
これらはそれぞれ、
16bit = ビット深度
44.1khz = サンプリングレート
という項目の値になります。
また、これらを掛け合わせたものが
ビットレート
と呼ばれるもので、音質に直結する値となります。
『高音質でノイズが収録される』という本末転倒な問題が発生してしまいます。
従って、音質を良くするためには、ビットレートを上げることと、ノイズを抑えることを同時進行で行う必要があります。
このビットレートが高くなるほど音質が良くなると言えますが、これをMIXで上げることはできません。
すなわち、MIXで音質を良くすることができないということになります。
この値を下回るような音源でMIXを行っても良い音にすることは不可能で、どこか違和感があったり、通常とは異なる強めの加工が必要になったりします。
こういったことが原因で「要望通りになっていないじゃないか!」とMIX師さんと活動者さんのトラブルを耳にすることもよくあります。
このようなトラブルを起こさないためにも、
『16bit / 44.1khz 以上』という値をしっかり確認しましょう!
基本的にPC、オーディオインターフェイス、マイクといった、歌の録音に必要な機材を使用していれば、この数値を下回ることはありません。
ただ、DAWやオーディオインターフェイスの設定を間違っていたり、そもそも使っているマイクが条件を満たしていないこともあるので注意が必要です。
スマホ録音は特に、基本的なマイクの性能自体の問題で音質が良くないため、余裕がある場合は必ず歌の録音に適したマイクを導入することをおすすめします。
これらの条件を満たした、おすすめの機材については下記で紹介しておりますので、是非チェックしてみてください!
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④声と声が重なっている部分の補正
MIX作業をしている中で時々、1つのデータ内に声と声が重なってしまっているデータを見かけます。
声と声が重なっている=音が2つあるということはピッチ補正を行う際は2つの音が変化し、タイミング補正を行う際は2つの音が移動するということになります。
そのためどれだけ補正を行っても狙った位置に音を補正することができません。
書き出しを行う際には声と声が重ならないようにトラックを分けて別々のファイルに書き出すようにしましょう。
この声と声が重ならないようにする他にもMIX依頼時の正しい音源の渡し方についてはこちらの記事で解説しています。
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⑤過度なピッチ・タイミング補正
ピッチ・タイミング補正は録音した際に発生したズレを修正してくれるとても便利なものですが限度があります。
ピッチ補正に関しては個人的に局所的であればかろうじて一音以内でも大きな補正音もなくできますが、それ以上になるとどうしても②-3で解説したような補正音が発生してしまう可能性があります。
この局所的というのが重要で、例えば全体的にキーが違ったりする場合は補正前後でボーカル全体の音の質感がまるで変わってしまうため、いわゆる”補正した感”を感じさせないようにすることはできません。
ハモリ作成をする際はメインの音程から一音半以上音程を変えていますが、これはハモリ(薄く聴こえる音)のためそこまで違和感なく聴くことができます。
たださすがにオクターブ上下を作成するとなると音が劣化し、補正音が目立ちやすくなります。
ハモリ作成のデメリットや音程を変えることで起こる音質劣化についてはこちらの記事でサンプル音源付きで解説しています。
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また声が裏返っている部分などは大きくピッチ補正を行う必要があるため、必ずと言っていいほど補正音が発生します。
大きなピッチ補正をする必要がないように何度もテイクを重ね、ご自分が満足できるデータを用意するようにしましょう。
タイミング補正に関しては曲のテンポや歌い方にもよるので一概には言えませんが、ロングトーンを1小節分伸ばしたり、エッジボイスの位置をずらす等の作業を行うと補正音が発生する可能性があります。
大きなタイミング補正をする必要がないようにメトロノームは必ず使用するようにして、リズムをキープすることを意識しましょう。
メトロノームをONにする方法についてはこちらの記事で解説しています。
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どちらも補正も決して不可能なわけではないですが、音源のクオリティを上げるためにもなるべくピッチ・タイミングの補正が少ないデータを用意するようにしましょう。
いろんな補正ソフトがありますがMelodyne、VariAudio(Cubase Pro/Aritist付属)、Auto-Tuneは補正時の音質劣化が少ないためおすすめです。
⑥がなり・ウィスパー等のハモリ作成
冒頭でもお伝えした通り、MIXではメインボーカルからハモリ音源を作成することが可能です。
ですがこのハモリ作成も万能ではないということを理解しておく必要があります。
まず大前提としてハモリ音源を作れる条件は「音程が認識できるメインボーカルがあること」です。
そのため下記のような発声は音程が認識できないものがほとんどのため、ハモリ作成をすることができません。
- がなり
- ウィスパーボイス
- シャウト
- デスボイス
- エッジボイス
こういった発声で録音をした場合はハモリもしっかり録音するようにしましょう。
⑦ボーカルトラック1つでの多声化
ボーカルトラック1つのみを使用して複数人で歌っているようにすること(多声化)も不可能ではないですが、基本的にできないと思っておいたほうが良いです。
この複数人で歌っているように聴かせる処理は複数人グループの曲や合いの手の部分に用いられることが多いです。
合いの手がある楽曲例として②-3でも例にあげたDeco*27様の「ヴァンパイア」のサビを聴いてみてください。
この曲はサビの裏で複数人で「HEY!」と言っている声が聴こえます。
これを1トラックのみ録音して聴いてみるとこのようになります。(違いが分かりやすいようにメイン・ハモリはオフにしています)
やはり物足りなさがありますよね。
これをWavesから発売されているDoublerというプラグインを使用して擬似的に複数人で歌っているようにしてみます。
このように若干ですが複数人で歌っているようにすることはできます。
ただ4トラックに分けて録音をしたこちらを聴いてみてください。
いかがでしょうか?
絶対に4トラック分録音したほうが複数人で歌っている感じは出ていると思います。
ちなみにこの4トラックは低い声、普通の声、高い声、裏声の4つを録音しています。
このようにできる限り色々な声の出し方で複数トラック収録するのがオススメです。
録音もそこまで時間がかからないと思うので複数人で歌っているように聴かせたい場合は、必ず複数のトラックに分けて録音をするようにしましょう。
⑧楽曲内に使用できる言葉(素材)がないカットアップ
カットアップとはボーカルの声を切り貼りして新しいフレーズを作り出すことです。
このカットアップは基本的に楽曲のどこかの部分を切り取って特定の箇所に貼り付けて作り上げます。
そのため極端な例ですが「あ・い・う・え・お」の言葉で構成されている楽曲があったとしたら、「か」や「と」など別の言葉でカットアップを作成することができません。
カットアップを使用する機会は少ないですが基本的なことなので必ず覚えておくようにしましょう。
カットアップの詳しい説明や実際のやり方についてはこちらの記事で解説しています。
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⑨エフェクトがかかった状態のボーカル音源を元に戻す
録音をする際にコンプレッサーやイコライザー、リバーブなどのエフェクトを使用しながら録音をされる方もいるかと思います。
このような録音の仕方を「掛け録り」と言います。
また録音時にはかけていなくても書き出しの際にエフェクトを挿した状態で書き出しを行う方もいるかと思います。
この掛け録りやエフェクトをかけた状態での書き出しですが、MIXで元の状態(エフェクトが何も掛かっていない状態)にすることは不可能です。
よくあるミスとしては過度なコンプレッサーを掛けながら録音を行ってしまうパターンです。
コンプレッサーは簡単に言うと音を圧縮することができるエフェクトです。
音を圧縮するということは大きく出てしまっている音を小さくすることで、小さな音量との音量差を少なくする=全体的な音量バラつきを抑えることができます。
ただこのコンプレッサーを過度に掛けてしまうと、小さな音(ブレス等)が前に出てしまったり、逆に大きな音が奥に引っ込んで聴こえてしまったりします。
部分的な調整であればMIXでも調整することは可能ですが、全体的に圧縮感が強い状態だとオケに対してのボーカルの存在感が強く出すぎてしまうことがあります。
コンプレッサーの掛け録りを行う際は薄く掛けるぐらいでの掛け録りをすることをおすすめします。
コンプレッサーの詳しい使い方についてはまた別の記事で解説しようと思います。
またご自分で仮MIXをされる方はリバーブなどが掛かった状態で書き出しをしてしまう方が多いです。
これは②-2.部屋鳴りで解説したのと同様、基本的に無くすことはできません。
書き出し前には必ずエフェクトが挿さっていない状態でデータを渡すようにしましょう。
まとめ
いかがだったでしょうか。
以上がボーカルMIXでできないこと9選になります。
歌やMIXで活動されている方でも意外と知らないこともあったのではないでしょうか。
ですがそれは当然です。
今回解説したようなMIXで使われる細かい技術や作業はMIXを長くやっている方でないと気づきにくいポイントだったりします。
このような経験者にしか分からないようなことを多くの方に知ってもらうことによって、MIXというものをより深く理解していただければ幸いです。
それではまた!